きっかけについて/野々村木工所
木が泣いていた~ミニベンチ誕生のきっかけ
「もったいない」と言われ、あらゆるモノの使い捨てや、大量消費が控えられている時代になりましたが、ほんの数年前までは、このような動きもなく、物を作っては使い、すぐに捨ててしまうというのが当たり前でした。
ある日、いつものように仕入先に出向いて発注を終え、帰ろうとしたとき、倉庫の片隅にあるものに目がとまりました。
丸太から建材を切り出した後の端材でした。
一体どれくらいあるのだろうと考えてしまいました。
思い切って尋ねてみました。
「これ、どうするんですか?」
「それ?燃やしちゃうか、ゴミに出すけど...なんで?」
とまどいを覚えました。
そして次の瞬間、私の口から出た言葉は
「捨てるなら、うちで引き取らせてくださいよ。」
これがミニベンチ誕生のきっかけで、全ての始まりでした。5年以上にわたり、制作しつづけ、手作りにも関わらず、少なくとも300脚以上は制作しています。
正直、端材を使える形に持っていくのは、かなりの労力です。形や大きさは全て異なってしまうわけですから、この位置に合わせて機械をセッティングするなんていうことはできません。形状に応じて、その場で切り方を決めることを、端材の数だけ繰り返さなくてはいけません。考えたら、たいへんな労力です。それでも続けられたのは、初めて私が思った気持ちを持ち続けることが出来たからでした。
「もったいない」
活かせば使える木。ただ「手間の割にもうけが少ない」せいで放っておかれ、燃やされるだけの木。
ツクリテとして、悲しくなりました。
木もまた資源です。計画伐採をしないと、やがて失われていきます。30年後、丸坊主になった山を見て「木を植えないと」と思っても、その山に再び木が生い茂るようにするのは、たいへんな労力が必要です。最悪の場合、山自身が水を蓄える力を失っているため、何度植林しても、木は育ちません。禿げ山となって放置された山は、ますます力を失い、その土すらも留めおくことが出来ないようになり、やがて、砂漠となります。
ある物を壊すことは、とても簡単です。そして、あっという間です。何もないところから造り上げるということは、たいへんな労力が必要です。計画伐採も必要ですが、その前に、「あるものを最大限使っていく」事をしなければ、やがて供給は追いつかなくなり、「ちょっとだけなら」という甘えの気持ちが出てきてしまうことでしょう。そんな「ちょっと」は、やがて、取り返しのつかないことになっていきます。
「きっかけはなんだったんですか?」
「木が泣いていたから」
環境問題云々を抜きにして、ツクリテの立場から、言いたいのです。
燃やされた木々は、燃やされるために生まれてきたのではないのです。
木のぬくもり
「縁台」を制作し始めたのは、ウッドデッキが流行し始めたからです。洋風のデザインは素敵です。デザインの良さは、重要です。でも、職人として長い間、「木」とともに生きてきて「ウッドデッキが流行している理由は何だろう?」その本質を考えてみました。
そこで見えたもの。
それは、「木」のぬくもりです。
その昔、駅のホームで使い込まれた木のベンチに座ってホッとしたことを思い出しました。長旅の移動で疲れた時に、ドカッと腰を下ろした時に何とも言えない温もりと不思議な安堵感を覚えたものです。今では、全てプラスティックに変わってしまいました。木そのものがもつ暖かみや何とも言えない温もり・・・ノスタルジックな気持ち。あの懐かしさをたくさんの人に思い出してもらいたい・・・「縁台」を制作し始めた理由は、そんな思いもあります。
「縁台」のデザインは、造園デザイナーの橋本さんにお願いしました。
さすがにこんな大きなものは、端材では制作できませんので、大きな材料よりひとつひとつ効率的にできる限り無駄な木材をださないように、加工して制作しています。
おかげさまで評判も上々です。
「ベンチデッキ」という商品名で、数年前に岐阜県の道の駅 「織部の里」さんに 数十台納品させて頂いています。機会があれば是非、立ち寄って探してみてください。
そんな自信作の「縁台」と「ミニベンチ」は、今まで色々な素材で制作しています。米松材やウィスキーの樽材のホワイトオーク・洋桜材(アンデスパーチ)・アガチス材・パイン材などです。
日本は輸入大国です。当然、木材も輸入の比率が高いですが、実は、なかなか輸入されなくなってきている木材も実はあります。
ご存知の通り、野々村木工所の製品は、長い間の乾燥期間を経て制作される為、材料を乾燥している数年の間に、市場環境が大きく変わって、幸か不幸か、もうなかなか入手しにくい材料在庫も抱えていたり致します。
製品の中には、「もうこの素材ではつくれないかもしれない・・・」と考えられる貴重な材料を、「木とともに昭和20年から生きてきた職人」が制作した「レアな製品在庫」も、実はひっそりとあったりします。
